GEのアジアCFOからまちづくりのCFOへ!デジタル地域通貨で経済効果数億円の仕組みづくり

34歳でグローバル企業GEのアジアCFOに就任。順風満帆な日々を送るなかで芽生えた「将来の自身の成長」への不安。そんななか、人口8,000人の町 北海道東川町に出会います。初めての訪問から半年後にはGEを退職して移住、そして地域おこし協力隊に就任!その後、東川町CFOの肩書きで「デジタル地域通貨HUC」の導入を任されます。最初は、周囲の理解を得ることにも苦戦…しかし、コンセプトの転換と具体的な目標の設定でプロジェクトを成功に導きます。今回は、HUCの導入が成功するまでのプロセスや、定居さんの「お金」の捉え方の変化、今後のビジョンまで詳しくお話をお聞きしました。

Sophia Bliss株式会社COO(最高執行責任者)
北海道東川町CFO(Community Finance Officer/Community Future Optimizer)
定居美徳(さだいよしのり)さん

熱いハートと数字で、稼ぐ未来をつくる社会起業家

1973年、北海道札幌市生まれ。大学卒業後、総合商社に入社し財務部に配属される。28歳で外資系コンサルティング企業のアクセンチュアに転職。翌年、日本法人の財務トップに就任。その後、GEに転職しヘルスケア部門のアジアCFO(最高財務責任者)に34歳で抜擢。8カ国の部下を育成し、500億円のビジネスを成長させるも、41歳で退職。同時に北海道東川町に移住し、地域おこし協力隊に就任する。2015年より、現職(東川町CFO)。

社会起業家としての一面もあり、現在はシリコンバレーのベンチャー企業へのコンサルティング、ホテル経営、NPO推進など15の事業を同時進行。地域の産官学金が協力するプラットフォーム「HIDERA」の立ち上げや、未来のまちづくり、新時代のキャリアデザインを伝える講演活動も積極的に行う。

「ナンバーワンではなく、オンリーワンを目指したい」グローバル企業の財務責任者から地域貢献へ

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定居さんはもともと、GE社でバイオサイエンス事業部のアジアCFO(最高財務責任者)を務められていました。その職を手放し、東川町に移住されたのは、なぜなのでしょうか?

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定居さん

さまざまな理由がありますが、やはり一番大きかったのは、「自分の成長スピードは、これからどんどん遅くなっていくだろう」と、危機感を感じていたことです。

僕は34歳でGEヘルスケアのアジア事業部CFOに就任しました。端的に言えば「ゴール」してしまった訳です。そこから定年までCFOとして残るという選択肢もありましたが、将来を考えたとき、同じ業務を続けていても学ぶことは限られ、自身の大きな成長は見込めないのでは…と思ったんです。また、もし定年まで勤め上げたとしても、自分には一体何が残るんだろう。一生、価値を提供し続けられる自分で居られるんだろうかと、漠然と考えていました。

もうひとつは、「地域貢献」に興味を持っていたことです。僕は外資系企業での勤務経験が長いんですが、そこでは「No.1になること」を目標に、どんどん競争しながら成長することが求められる。でも、地域づくりは、いかに独自性や価値を生み出すか、という仕事ですよね。つまり、前者が「ナンバーワン」を目指すなら、後者は「オンリーワン」や「0から1」を創り出す世界なんです。やったことのない未知の領域ということもあり、大きな魅力を感じていました。あと、「生まれ育った北海道に、何も恩返しできていない」という焦りも、どこかにあったのかも知れません……。

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地域貢献に選ばれたのが、なぜ東川町だったのでしょうか?

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定居さん

あるとき、北海道旭川市に住む義理の兄から「近くに、自然が多くて美しい町があるよ」と教えてもらったのが、東川町でした。僕と妻はその頃、東京と地方都市での二拠点生活を考えていたこともあり、その候補の一つとして訪れました。

実は、僕は札幌市の出身ですが、東川町には行ったことが無かったんです。でも、町に降り立ったとき「あ、帰ってきたな」という感覚があって。直感ですね。妻もまったく同じ気持ちだったので、そこからは「どうすれば移住できるのか」だけを考えました。それが、2015年4月のこと。それから半年の間に東京の家を売却し、東川町で家を購入し、会社を退職して、移住しました。今思えば、すごいスピード感ですね(笑)

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初めての訪問から、半年間で移住されたんですね!勤めていた会社からの反対はありませんでしたか?

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定居さん

周りと言うよりも、そもそも自分自身がGEでの仕事に思い入れが強かったので、かなり悩みましたね……。でも、上司や同僚に相談すると、会社の業務よりも僕の人生や幸せのことを親身に考えてくださって。最終的に、退職して地域貢献に取り組むことを決めました。本当に、GEのみなさんには感謝しています。

北海道最高峰 旭岳(所在地:大雪山国立公園)

地域おこし協力隊からまちのCFOへ。町の未来を最適化し、豊かさを実現することが任務

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東川町に移住し、地域おこし協力隊に就任されます。そこから、CFOという肩書きを得るまでの経緯について教えてください。

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定居さん

東京から移住するまでの間に、東川町の町長とお話する機会をいただきました。そこで、地域おこし協力隊に興味があることを伝えると「商店街の振興というミッションがある」と、早速ポジションを紹介してもらえたんです。

最初は町内でのイベント支援や、プロジェクト推進の業務が多かったのですが、次第に講演で東川町のことを話したり、町外の企業などを巻き込んで事業推進を行ったりする機会が増えて、「地域おこし協力隊」という肩書きだけでは、僕が何者なのかを理解いただくことが難しくなってきたんです。

それで町長に「役職として、CFOを名乗らせてください」と相談すると、快諾。おそらく、自治体でのCFOは日本初じゃないかな(笑)ただ、GEのときのように「Chief Financial Officer(最高財務責任者)」ではなく、「Community Finance Officer/Community Future Optimizer」という解釈をしています。町の未来を最適化すること、つまり豊かさを実現することが、CFOとしての自分の責任だと考えています。

定居さんの現在の名刺(表面)

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CFOとして、具体的にどのような取り組みを進められたのでしょう?

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定居さん

特に力を入れたのは「デジタル地域通貨HUC(東川ユニバーサルカード)」の導入ですね。もともと、東川町にはポイントカードがありました。でも、加盟店舗数が30ほどしかなく、町民の15%にしか使われていませんでした。それを刷新するプロジェクトが、国の補助金事業として走り始めたのが2016年の3月で、僕がそれを任されることになりました。

「まちづくりのカード」というコンセプトで加盟店増!経済効果数億円規模のカードに

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就任からわずか半年後には、大きなプロジェクトの責任者に!その任務はスムーズに進んだんでしょうか?

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定居さん

いえ、国の補助金の申請の経験も無く、人脈も無かったので、最初は非常に苦労しましたね……。僕の提案も、町内会、商店街の人たちには共感されませんでした。今思えば、自分の考えを押しつけていたんだな…と反省しています。

その失敗を元に、コンセプトを転換しました。単に「お得になる!儲かる!」というポイントカードではなく、これは「まちづくりのカード」だという考え方にシフト。みんなで、町の未来につなげるにはどうすれば良いかを検討しました。

30数年前、郊外型のショッピングモールができはじめ、地方の商店街では空洞化が課題になっていました。そんななか、木工業が盛んな東川町では、街づくり事業の一環として「木彫り看板」の制作を始めました。青年部の方々が作成し、商店街の100件ほどの店舗がそれを掲げました。関連イベントを開催し観光客を呼ぶことに成功したり、それをきっかけとしてバラバラだった商店街のメンバーも団結することになります。結果、一連の街づくりによって観光客だけでなく、人口増にも貢献。その想いを引き継いで、このプロジェクトに「現代の木彫看板」というキャッチフレーズをつけました。

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現在は、商店街の大半の店舗が加盟されているとか。その成功要因は何だったのでしょう?

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定居さん

一つは「すべての事業者が参加できる仕組みづくり」だと思います。地域のポイントカードにとって、「加盟店が充実していること」がすごく重要なポイントです。「町じゅうで使える」を目指し、一般的にポイントが使えるとされる小売店や飲食店だけでなく、例えば金融機関、家具工房、建設会社など、あらゆる事業で使えるような仕組みを目指しました。具体的には、業種に応じて「来店ポイント」「予約ポイント」「成約ポイント」など、自由に設定できるようにしたんです。また、加盟店の負担も増えないように注意しました。

もう一つは、明確にゴールを決め、商工会・役場一丸となって取り組んだことです。例えば、行政を含む町内150台のHUC端末の設置、町民8割の利用などの数値目標を定め、そのためにやることを具体的に落とし込みました。そして、加盟店を増やす段階では、商工会の事務所に進捗グラフを貼り「この店舗には、誰がいつ説明に行く」など細かい打ち合わせを重ねました。また、利用者募集のために、道の駅やスーパーマーケットに申し込みブースを設けるなど、目標に対するハードルを一つひとつクリアしました。

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目標は、達成できたんでしょうか?

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定居さん

HUCは 2017年11月にリリースされましたが、現在は商店街を中心に、行政施設も合わせて120箇所で利用が可能となっています。また、人口8,000人の町でありながら5万人以上の方にご利用いただき、経済効果は数億円規模に。この取り組みが地方創生のモデルケースとして、中小企業庁が選定する「はばたく商店街30選」にも選ばれました!

▶︎参考:はばたく商店街30選(2019)
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8,000人の町で、5万人と言いますと!?

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定居さん

私たちは、ふるさと納税で支援してくださるみなさまを「町の未来に投資してくれた」という意味で「株主」と呼んでいます。これは「ひがしかわ株主制度」というもので、株主のみなさんには「東川町特別町民」としての認定証や、HUCの株主証をお送りしています。株主証を持っていると、宿泊優待や町内外の施設での株主優待をお使い頂ける仕組みです。この株主を含めて、5万人以上になります。その人数は、今もどんどん増えていますよ!

HUCは今や町の「インフラ」となり、進化を続けています。商店街で使えるだけでなく、例えば「健康診断を受診したら500ポイント」など、健康事業にも使われています。

以前は、ショッピングモールや通販に流れていた町のお金が、町の中で循環していくようになってきていることが、嬉しいですね。

▶︎参考リンク:ひがしかわ株主制度

東川ユニバーサルカード(HUC)スタート時のポスターデザイン

「誰かが勝つ」でなく「みんなで豊かになれる」循環できる仕組みづくりを目指す

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定居さんは、これまで長く「お金」にまつわるお仕事をされてきました。その過程で、「お金」に対する捉え方に変化はありましたか?

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定居さん

日本では、どれだけ稼ぐかが自分の価値だ、という考え方も少なくありませんよね。正直、僕もゼロではありません……。でも、それって持続可能な地域を考えたときに、必ずしも正しい答えではないと思っています。地域のことを考えると、そのなかでいかにお金を循環させるかということにフォーカスすることが大切になります。僕の中では、お金を「稼ぐ」「使う」から、「循環の仕組みをつくる」という立場に変わった、というのが大きな変化かなと思います。

また、単純に「お金」で換算できない価値は、世の中にまだまだたくさんあると気づきました。今後は、それをどうやってお金のように価値交換手段として整備していくのかが大事になってきます。例えば「トークンエコノミー」「ポイントエコノミー」と呼ばれるものですね。

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ありがとうございます!最後に、HUC事業の今後のビジョンについて教えてください。

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定居さん

このポイント経済が、地域のなかでより循環する仕組みを広げていくことですね!みんなが地域で価値を提供し合い、豊かさが循環する。「誰かが勝つ」のではなく、「みんなで豊かになれる」。そんな仕組みです。

まだまだ先の、未来のビジョンですが、例えば再生可能エネルギーを個人で作って、それをポイントで売買できるなど、エネルギー領域にも広がっていくことをイメージしています。他にも、東川は公共交通機関がバスに限られているので、地域の中で移動するときに車で乗り合わせたり、高齢者の方を診療所に送っていったりする。そういうときに、ポイントで支払いができるとか。農家さんに直接出向いて、そこでお米や野菜がポイントで購入できるような仕組みもあったらいいなとか。地域が「地産地消的」に回る仕組みができればいいなと、いろいろと考えているところです。

それが完成したら、モデルケースとして全国に繋がっていければ…と構想しています!

そうして、少なくとも2050年には、循環して持続する社会を次の世代に渡すことを目標にしています。「ロスジェネ」とも呼ばれる、僕たち世代の責任を果たしたい!そう思っています。

HUCカードと、決済端末

編集後記

実は、「アクセンチュアの財務トップ」「GEのアジアCFO」という経歴をお聞きしていたので、取材前は「仰ることが理解できなかったらどうしよう…」と、ちょっと手が震えました(笑)が、こちらに合わせて分かりやすい言葉で丁寧に話してくださり、「この内容で大丈夫ですか?」「分かりにくかったらごめんなさい…」と、たくさん気遣っていただきました。そのとても謙虚な姿勢に、すっかりファンに!

東川町に移住して間もないも関わらず、役場や商店街の方々と一緒になってHUCの事業を成功させることができたのは、その「人柄」が一番の要因だったのではないかな、と思いながら聞いていました。

最後に地域商人の方々と、どのように繋がっていきたいかお聞きしたところ、「日本全国のベストプラクティスを共有し、広げていきたい!」そして、「僕は実務家なのでみなさんの素晴らしいビジョンを実現するサポートをしたい!」とおっしゃっていました。定居さんという、強力な実務家を有する地域商人コミュニティ…!次に手がけられるプロジェクトのリリースが、待ち遠しいです!

(取材・文/三神早耶)
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